青雲遙かに―大内俊助の生涯―

高柴です



佐藤雅美さんの「青雲遙かに―大内俊助の生涯―」を読みました。

佐藤さんのファンです。これまで佐藤さんの本はかなり読んできたつもりです。そんな私でも、この本には驚かされました。佐藤さん、どれだけ引き出し多いんだ…って。
江戸時代の経済や法律に詳しく、当時の人々の暮らしぶりをまるで見てきたかのように生き生き書かれる。ここまでは知っていました。歴史小説もかなり研究されて書かれていますし、とにかく調べつくす人というイメージ。
それでも、まさか儒学のことまで勉強されていたとは。本当にすごい作家さんです。最初に佐藤さんの本に出会って江戸時代を好きになった私は幸運です。そう思わせてくれる作家さんです。


さて、この本のあらすじは
伊達家の百五十石取りの大番士の家に生まれた大内俊助は、3年待ってやっと江戸留学のチャンスを手に入れる。仙台から期待と夢に胸を弾ませて江戸へやってくるが、少し要領の悪いところがある俊助はなにかとつまずくことが多くなる。江戸で出会ったさまざまな人のいろんな考え方に触れ少しずつ変わっていく俊助は、自分が目標にしてきた儒学を極めるという道に迷い始める。俊助は考えすぎるという癖を持っており、それは当時の儒学の「勉強方法」とは合わなかった。
そして少しのきっかけから俊助は堕落した道へ進んでしまい、親から勘当されてしまう。俊助は自棄になったり希望を持ったりともがき苦しみながらも、やがて運命を受け入れていく。そんなある日、俊助は再びチャンスに恵まれる。それは、アメリカへ向かう船に乗せてもらえるというもので、俊助はアメリカへの航海を通じて新たな道を見つけ出す。

面白かったです。文庫本で700ページ以上あるんですが、全然長いと思わなかった。
儒学を学ぶ青年が主人公。儒学、と聞くと、ああ朱子学とかあの辺りかぁとボンヤリ歴史の教科書が浮かぶ。その程度の知識しかない私でも楽しめました。江戸時代の学問って、そんなかんじだったんだなぁと興味深かったです。主人公は架空の人物ですが、実在する有名人たちもたくさん出ていて幕末の雰囲気がよくわかりました。特に、咸臨丸で乗り合わせた福沢諭吉が面白かった。きっと魅力的な人だったんでしょうね。
儒学なんて、古臭くてなんの役にも立たない。昔の人たちはなんであんなのをありがたがってたんだろう。と、数学や化学、英語などを学ぶ現代の私たちは思うかもしれません。でも、彼らが儒学を「学んだ」のは、決して無駄なことなんかじゃなかった。
儒学を学ぶことで、当時の人たちが身につけたのは「考える」という訓練。勉強というものの本質は、結局のところそこにある。人は生まれつき考えるようにはできておらず、学問・勉強を通じて繰り返し考える訓練を受け、成長していくものだ”
という考え方が、とてもしっくりきました。日本人が明治維新ですぐに西洋の文化に順応できたのは、考えるという訓練をしっかり受けてきたからなんだと。
作者の主人公へ向ける目が優しく、ラストは本当によかったです。


佐藤さんの江戸の世界はひとことで言うと「クリア」
作者本人がしっかりした知識とイメージを持っているので、すごく江戸をはっきりと体験できます。さらっと書かれるので、こちらも気持ち良くさらっと江戸時代に入り込めるんですが、冷静に考えるとそれが本当にすごい。登場人物が居酒屋へふらっと入って料理と酒を注文する、それだけのシーンでも、とても描写がはっきりしていて感動します。
佐藤さんは淡々とした作風の作家さんですが、江戸時代に対する深い理解と敬意と愛情を感じます。江戸時代に興味があって、もっと知りたいという方には全力でお勧めしたい作家さんです。