満願

高柴です


米澤穂信さんの「満願」を読みました。

満願 (新潮文庫)

満願 (新潮文庫)

米澤作品を久しぶりに読みました。以前から、面白いけどよっしゃこの人の作品集めよう!という気にはならない作家さんだなと思っていたんですが、なんとなく理由がわかった気がします。
話が暗いんですよね。
「満願」は表題作のほか5編の短編集。どれもじわじわ読者を結末へ追い込む力作ばかりで、読みごたえがあります。軽くそれぞれのあらすじ。


「夜警」は交番勤務の警察官が殉死した事件の真相を上司だった警察官が知るお話。殉死した警察官の「性格」を丁寧に描いて結末へつなげています。
「死人宿」は自殺の名所となっている旅館で働いている昔の恋人に会いにいった男が、その元恋人に頼まれて客の自殺を止めようと奔走するお話。ラストまで気が抜けないところが面白かったです。
「柘榴」は特別な魅力を持つ男に夢中になって結婚した美しい女性の物語。彼女は男との間に生まれた二人の娘を愛して大事に育てていたが……。ぞっとするラストで、個人的にはあまり好きではありません。
「万灯」はバングラデシュ天然ガスの開発事業に携わる男のお話。エネルギー資源確保という重要任務に関わることに喜びを感じどんな苦難も乗り越えてきた男はとうとう殺人にまで手を染めるが、そんな彼を待っていたのは予期せぬ「裁き」だった。
「関守」は小手先だけの記事ばかり器用になんでも書いていたせいで仕事が減ってしまったライターの男が、都市伝説で記事を書いてほしいと依頼されたことから起こる悲劇。当然引き受けたがネタがなく、オカルト系が専門の先輩に泣きついてある峠を紹介される。その峠ではここ数年、毎年のように車が同じカーブから転落して人が亡くなっていた。軽い気持ちでその峠を訪れ、現場近くのドライブインで店主の年配の女性から話を聞くことにするが……。
一番好きかもしれません。ラストへ向けて不穏な空気がどんどん濃くなってきて、息苦しささえ感じました。
「満願」はある美しく聡明な女性が犯した殺人事件の真相に、彼女の弁護士の男が気づくお話。男は学生時代に彼女の家に下宿しており、彼女にはずいぶん世話になっていた。そんな彼女との思い出をたどり、真相に気づくまでの流れが秀逸。


どのお話も凝っていて、面白かったです。
ただ、どうしようもなく暗い。
好きな人にはたまらないのかもしれませんが、私はもうちょっと明るい方が好みです。ミステリに暗いも明るいもないだろと言われそうですが、6作あって全部気が重くなる話ばかりだと疲れます。まあ、暗い気持ちのときに読んだから余計に気が滅入ったのかもしれませんが。
いろいろ書きましたが、よく練ってあって引き込まれました。ミステリ好きにはオススメできると思います。

アテネのタイモン

高柴です


シェイクスピアの「アテネのタイモン」を読みました。

蜷川幸雄さんが演出をされていた彩の国シェイクスピアシリーズ。蜷川さんが亡くなり、吉田鋼太郎さんが後を継いでシェイクスピアシリーズは続けられることになりました。このアテネのタイモンは、吉田さん演出の記念すべき一作目となります。観劇に行くので、予習のため購入。


あらすじは、
アテネの貴族タイモンは、友人たちや商人、芸術家たちに惜しみなく財産を使っている。タイモンに献上すれば宝石も肖像画もタイモンを称える詩も途方もない値で買い取ってもらうことができると、商人たちは先を争うようにタイモンの屋敷にさまざまな品を持ち込む。
さらに友人たちからの「贈り物」にはなんであれ感激するタイモンは、贈られたものを何倍にもして返すということを繰り返し、毎日のように屋敷に友人たちを招いては過剰なほど盛大にもてなしていた。
アテネ中からタイモンの財産を食い荒らす人々が集まり、その危機的状況に目を向けようとしなかったタイモンだが、やがて無視できない現実に直面する。
タイモンは破産状態にあった。
忠実な執事の懇願を無視し、皮肉屋の哲学者の忠告を笑い飛ばしていたタイモンだったが、ようやく自分の財政状況を理解し、今まで助けてきた友人たちに今度は助けてもらおうと思いつく。これまでタイモンは友人たちに多くの財産を分け与えてきた。そのうちの少しを返してもらうだけで、タイモンは危機的状況を脱することができるのだ。
だが執事が危惧していたとおり、タイモンの「友人」たちの誰一人としてタイモンの頼みを聞くものはなく、タイモンは深い怒りと絶望にとりつかれる。

すべてを捨て、アテネ近郊の森にやってきたタイモンは、偶然土に埋まってきた金貨を掘り当てる。しかしアテネの人々への恨みと憎しみに満ちたタイモンの心が癒えることはなく、タイモンとは違う理由でアテネへの復讐に燃える武将アルシバイアディーズにその目的を果たせるようにと金貨を譲る。
かつてアテネのために命がけで戦ったにも関わらず、わずかな願いさえ聞き届けられなかったアルシバイアディーズはタイモンの金貨で軍勢を膨らませ、アテネに猛攻をしかける。あせった元老院議員たちはタイモンにアテネに戻ってアルシバイアディーズを止めてくれるよう頼むが、タイモンはきっぱりとそれを拒絶する。
こうしてタイモンとアルシバイアディーズの復讐は成し遂げられ、タイモンは怒りを抱いたまま永遠の眠りにつく。


みたいなお話。
とにかく読みにくかったです。松岡和子さんの訳で何作もシェイクスピアは読んでいるし、どれもすごく面白かったのになんでアテネのタイモンはこんなに読みにくいの?と思っていたら、答えは松岡さんのあとがきにありました。
なんと、「アテネのタイモン」は未完の可能性があるとのこと。構成が荒く、推敲も雑というのがその疑惑の根拠らしいのですが、めっちゃわかります。というかコレ絶対未完だろう。松岡さんが大変な苦労をされてわかりやすく訳してくださっているはずなのに頭に入りにくい。こんなの初めてで戸惑いましたが、あとがきを読んでなるほどなと思いました。
ストーリーが面白くないわけではなく、シェイクスピアお得意の言葉の掛け合いも楽しいのですが、ちょっとわかりにくいところが多かった印象です。
さて、これを吉田さんがどう完成させたのか……。なんでこんな難しい作品を最初に持ってきちゃったのかなぁとちらっと思ったりもしますが、おそらく最初にこれを持ってきたことには意味があるんでしょうし(吉田さんが主役をできる作品という理由以外に)シェイクスピアと蜷川さんのやり残したことをまとめて完成させる舞台だと考えるとわくわくします。そう考えると、吉田さんの世界を出しやすい舞台になるといえるかもしれませんね。
私のお目当ては執事のフレヴィアスを演じる横田栄司さんなので、忠実な執事の出番が多いことを祈るばかりです。

マスカレード・ナイト

高柴です


東野圭吾さんの「マスカレード・ナイト」を読みました。

マスカレード・ナイト

マスカレード・ナイト

マスカレード・ホテル、マスカレード・イブに続くマスカレードシリーズ第3弾!
マスカレード・ホテルがとても面白かったのでシリーズ化を心から願っていたのですが、念願叶って3作目が登場!先月から発売を指折り数えて待っていました。
つまり、ものすごい期待をしていたわけです。そして読み終わった今、大変満足です。面白かったです。


一流ホテルコルテシア東京で大みそかに開かれる年越しカウントダウン・パーティに、ある殺人事件の犯人が現れるという密告があった。殺人事件の犯人の目星がまったくついていない警察は謎の密告者の出現に混乱したが、とりあえず舞台となるコルテシア東京に捜査員を配置することを決める。そこで白羽の矢が立ったのが、数年前に潜入捜査で活躍した新田たちだ。再びフロントクラークに化けた新田はコンシェルジュとして活躍している山岸尚美と再会し、新たなお目付け役となった堅物の氏原の厳しい監視のもと捜査を開始する。
ホテルにやってくる一癖も二癖もある「お客様」たち。彼らが尚美のもとへ持ち込む厄介な要望に、改めてホテルにやってくる人間たちの複雑さを痛感しながら新田は怪しい人物たちの怪しい言動に目を光らせる。
そして所轄から捜査一課に栄転した能勢と協力し合い、少しずつ仮定と推理を組み立てていくうちに、新田たちはさらなる犯行の可能性に気づく。
犯人と密告者、この正体不明の人物たちはいったい何者なのか?そしてその裏に隠された真の狙いとは?


みたいな流れなんですが、もうずっと騙されっぱなし。犯人も、密告者の狙いもさっぱりわからないし、怪しい客はどんどん来るしでパニック状態でした。もちろん、新田さんたちが謎を解いてくれたので今はスッキリしてますけどね。
殺人事件のほうもドキドキしますけど、尚美さんが次から次へと持ち込まれる難題に立ち向かうのもドキドキします。これは無理じゃない?という要望にも一生懸命応えようとする彼女の姿は応援せずにはいられません。よくこんなに考えられるなーと感心しました。このシリーズは事件だけじゃなくてホテルで日常的に起こる事態への対処方法なども面白くてつい時間を忘れて引き込まれてしまいます。
マスカレード・ホテルほどの鮮やかさはないですが、尚美さんがコンシェルジュになったことで事件以外の部分で起こるホテルの日常パート?はずいぶん派手になっていると思います。応えなくてはいけないお客さんたちの要望が大きくなってますからね。
そんなわけで、マスカレードシリーズのファンの方は読んでみて損はないかと思います。

千年鬼

高柴です


西條奈加さんの「千年鬼」を読みました。

千年鬼 (徳間文庫)

千年鬼 (徳間文庫)

オススメしていただいて読んだので、かなり期待していたんですが面白かったです。期待が大きすぎるとガッカリすることもありますが、期待通りでした。


森の中で長いときを一人で過ごしている小鬼は、ある日一人の少女と出会う。そして初めてできた友達を大切に思うあまり、小鬼は大きな罪を犯す。自分のその罪のせいで、千年の間に生まれる少女の生まれ変わりたちがみんな恐ろしい人鬼となって災いを引き起こすことになると知った小鬼は、なんとかそれを止めたいと願う。
天上からその願いを許された小鬼は、小鬼に協力した黒鬼とともに千年のときをかけて少女の生まれ変わりたちに芽生える鬼の芽を摘み取る過酷な旅に出る。
少女の生まれ変わりたちは、それぞれ怒りや悲しみ、憤りなどを抱えて生きていた。小鬼は彼らの望む過去を見せて、その深い心の傷を癒すきっかけを与えていく。そうして千年近いときが過ぎ、最後に出会った少女の生まれ変わりはとても厳しい時代に生きていて……。



たった数日一緒に過ごしただけ。でもその数日はかけがえのないもので、小鬼にとって少女はたった一人のかけがえのない友達になった。
ここの説得力がすごい。小鬼という、シンプルで心優しい存在があってこそ成り立つお話だと思います。
鬼、という定義も面白い。人間が恐れる鬼は、もともと人だった「人鬼」で、本来の鬼には残酷さとか凶暴さみたいなものはない。さらに、人が鬼になるのは人が勝手に作り上げた道徳観とか善悪の境界線を破ったことが原因で、つまり人間は勝手に自分たちを善悪で縛り付けて、勝手にそれを破って鬼になるという不思議な生き物だと。
なるほどなーと思います。こういう、丁寧に考えられた世界観は安定感があって好きです。作者は丁寧に考えて作品を作り上げていく人なんだな、ととても好感が持てます。
ラストがまたいいですね。この一風変わった、練り上げられた作品にふさわしいラストだったと思います。

英国諜報員アシェンデン

高柴です


サマセット・モームの「英国諜報員アシェンデン」を読みました。

英国諜報員アシェンデン (新潮文庫)

英国諜報員アシェンデン (新潮文庫)

第一次大戦中、作者自身がスパイとして活躍したときの経験を生かして書き上げたスパイ小説の短編集。
面白いのは、作者の経験がベースになっているため主人公のアシェンデンが華やかな「スパイ」として描かれないという点。
“諜報員の仕事というのは、おおむね非常に退屈なものだ。そしてそのほとんどは役に立たない”
前書きでそう述べたモームは、この作品はフィクションであるということを強調しています。おそらく作中でアシェンデンが経験したことのうち、モームが実際に見聞きしたことはほんの一部なのでしょう。それでも、真実が含まれているせいか生々しい現実味があって興味深いです。戦時中の話なので、ヒヤリとするくらい冷酷で残酷な結末を迎えることもありますが、それも含めて読みごたえがありました。
アシェンデンに指示を与える上司Rや任務で出会う仲間や敵国の諜報員たち。彼らにモームがそれぞれの「人生」を与えて、より魅力的にその個性を輝かせるのは読んでいてさすがだなと思いました。人を突き放して、ときに皮肉っぽく、たまに同情的に、冷ややかに描かれるモーム作品の人々の人生。なぜか読んでいて心が落ち着くというか、面白いと思います。別に癒されるような話ではないはずなのに、妙にしっくりくるというか、心が穏やかになるんですよね。不思議な中毒性がある作家です。私はやはりモームが好きですね。
ちなみに、今回訳者の金原瑞人さんがあとがきで、
モーム本人と相性がいいかわからないが、モームの小説とはとても相性がいいのだと思う」
と書かれていて、めっちゃわかる!!と思わず笑ってしまいました。
私ならモームに数分で「知り合う価値もないバカな女」判定されるでしょうね。モームに気に入られようと努力しても、ことごとく不興をかうだろうなということはわかります。モームっていったいどんな人間だったら一緒にいて心地よいと感じたんだろうな〜。もしモームに会えたらファンです!と言ってしまいそうな私は、モームの時代に生まれなくて幸いだったのかもしれません。たぶん、ファンです!って言った瞬間冷たい目で見られて無視されるか、嫌そうにどうもって言われる。モームってそういうイメージです。でも作品は大好きです。

まるまるの毬

高柴です


西條奈加さんの「まるまるの毬」を読みました。

まるまるの毬 (講談社文庫)

まるまるの毬 (講談社文庫)

オススメしていただいて読んだ一冊。
面白かったです!!


五百石の旗本の家に生まれ、わけあってその身分を捨てて菓子職人となった治兵衛は、麹町の裏通りに小さな店を出して娘のお永と孫娘で看板娘のお君と穏やかな暮らしを楽しんでいる。店の名前は南星屋といい、治兵衛と仲の良い弟の石海が名付けてくれたものだ。兄の前では今でも菓子の大好きなやんちゃ坊主の顔をしているが、石海は大刹相典寺の住職という立派な身分である。
治兵衛は若いころ、全国を旅して各地に伝わる珍しい菓子をたくさん学んだ。そのおかげで南星屋にはいつもおいしくて目新しい菓子が並び、商売はいつも大繁盛。だが治兵衛は菓子をできるだけ多くの人に楽しんでほしいと菓子の値段を安く抑えており、もうけはそうあるわけではない。
そんな実直で誠実な人柄の治兵衛だが、実は彼には大きな秘密があった。ずっと隠してきたその秘密が、還暦を過ぎた治兵衛の周りに不穏な影を落とし始めて……。



みたいなお話で、短編集です。女性作家さんらしい、優しさと繊細さ、登場人物の心の動きの丁寧さは読んでいて心地よく、なにより描かれる深い愛情には感動しました。人が人を思いやるというのは本当に美しいものだと、改めてそう思わずにはいられませんでした。
派手さはなく、大爆笑!とか号泣!!みたいな忙しさもありません。ただ、丁寧に丁寧に書かれていて、ふふっと笑ってほろりと泣ける、そんな時代小説です。オススメしていただけてよかったです。


ところで、私は講談社文庫で買ったのですが、この表紙のお菓子はアレですよね。全国で呼び名が変わる楽しいお菓子ですよね。今川焼とか回転焼きとか。全国を旅した治兵衛のお話だからこのお菓子が選ばれたのでしょうか。そう考えると、ちょっと面白いなと思いました。

とるとだす

高柴です


畠中恵さんのしゃばけシリーズ最新刊「とるとだす」を読みました。

とるとだす しゃばけシリーズ 16

とるとだす しゃばけシリーズ 16

あらすじは、


長崎屋の主人藤兵衛は薬種問屋たちの集まりの場で勧められ、多くの薬を口にして倒れてしまう。身体に毒と知りながら口にしてしまったのは、身体の弱い若だんなのことを案じる親心ゆえであった。
その気持ちを痛いほど察した若だんなは、父を救うべく妖たちの手を借りて父の身体に入った薬をひとつずつ取り除いていこうとする。江戸の沖に現れた不思議な島蜃気楼で事をひっくり返す妖枕返しを探し、毒消しの妙薬を持参金に持たせるから娘を嫁にと迫る染物屋の主に困惑し、長崎屋の主に強い恨みを持つ恐ろしい狂骨の祟りから父を守るために奮闘する。
若だんなとおたえの心配はとうとう大黒天まで動かす。
大黒天の古い友である少彦名は医薬の祖、薬祖神なのだが、彼が最近なにやら困っているらしい。大黒天は若だんなに、少彦名に会って藤兵衛に効く薬のことを尋ねるといいと助言を与え、そして大黒天が力を貸そうか聞いていたという伝言を伝えてほしいと頼んできた。若だんなは神様の薬ならきっと父親を助けてくれるとその頼みごとを引き受け少彦名に会いに行くが、行った先で不老不死の薬をめぐる神と人との争いに巻き込まれて……。



藤兵衛さんが大ピンチで、若だんなが頑張るお話。相変わらず若だんなの身体は弱くて、だから藤兵衛さんも無茶をしたんですが、それでも今回はいつも以上に頑張っていた気がします!お話も、蜃気楼とか押しかけ縁談とか、狂骨とか不老不死の薬をめぐって神様たちと出会ったりとか、いろんなお話があって楽しめました。