英国諜報員アシェンデン

高柴です


サマセット・モームの「英国諜報員アシェンデン」を読みました。

英国諜報員アシェンデン (新潮文庫)

英国諜報員アシェンデン (新潮文庫)

第一次大戦中、作者自身がスパイとして活躍したときの経験を生かして書き上げたスパイ小説の短編集。
面白いのは、作者の経験がベースになっているため主人公のアシェンデンが華やかな「スパイ」として描かれないという点。
“諜報員の仕事というのは、おおむね非常に退屈なものだ。そしてそのほとんどは役に立たない”
前書きでそう述べたモームは、この作品はフィクションであるということを強調しています。おそらく作中でアシェンデンが経験したことのうち、モームが実際に見聞きしたことはほんの一部なのでしょう。それでも、真実が含まれているせいか生々しい現実味があって興味深いです。戦時中の話なので、ヒヤリとするくらい冷酷で残酷な結末を迎えることもありますが、それも含めて読みごたえがありました。
アシェンデンに指示を与える上司Rや任務で出会う仲間や敵国の諜報員たち。彼らにモームがそれぞれの「人生」を与えて、より魅力的にその個性を輝かせるのは読んでいてさすがだなと思いました。人を突き放して、ときに皮肉っぽく、たまに同情的に、冷ややかに描かれるモーム作品の人々の人生。なぜか読んでいて心が落ち着くというか、面白いと思います。別に癒されるような話ではないはずなのに、妙にしっくりくるというか、心が穏やかになるんですよね。不思議な中毒性がある作家です。私はやはりモームが好きですね。
ちなみに、今回訳者の金原瑞人さんがあとがきで、
モーム本人と相性がいいかわからないが、モームの小説とはとても相性がいいのだと思う」
と書かれていて、めっちゃわかる!!と思わず笑ってしまいました。
私ならモームに数分で「知り合う価値もないバカな女」判定されるでしょうね。モームに気に入られようと努力しても、ことごとく不興をかうだろうなということはわかります。モームっていったいどんな人間だったら一緒にいて心地よいと感じたんだろうな〜。もしモームに会えたらファンです!と言ってしまいそうな私は、モームの時代に生まれなくて幸いだったのかもしれません。たぶん、ファンです!って言った瞬間冷たい目で見られて無視されるか、嫌そうにどうもって言われる。モームってそういうイメージです。でも作品は大好きです。