新訳 ドン・キホーテ

高柴です


ちょっとハマっている岩根圀和さんの訳で、あの超有名作品「ドン・キホーテ」を読みました。作者は岩根さんがその生涯に深い興味を持っていらっしゃるセルバンテス

新訳 ドン・キホーテ〈前編〉

新訳 ドン・キホーテ〈前編〉

正直、最後まで読めるかな?と不安を抱きつつ読み始めたのですが、思っていたよりも読みやすく、そして期待していたよりずっと面白かったです。
あらすじは、
17世紀初めのころのスペインのある田舎に、50歳くらいの痩せた郷士が住んでいた。名をアロンソ・キハーノといい、つましく暮らすごく普通の郷士で、つまり時間はたっぷりあったので、騎士道物語を一心不乱に読みふけるようになった。
現代の日本語に訳すと「完全にハマった」わけである。
そして、騎士道物語に没頭するあまり悲しいことに現実と物語の区別がつかなくなり、やがて自分もこの物語の英雄たちのような遍歴の騎士になりたい、いや、なって世の中の役に立つべきだと思い詰めるようになる。そして、痩せこけた愛馬にロシナンテというカッコイイ名前をつけ、さらに自分にもドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャという騎士らしい名前をひねりだす。
すっかり気分は遍歴の騎士なドン・キホーテは、遍歴の騎士にセットでついてくる恋をささげる貴婦人も急遽調達する。近くの村に住む器量よしの娘を思い姫に認定し、名前も貴婦人らしくドゥルシネア・デル・トボソと決めた。
いよいよ準備は整い、世の中の不正をただし、弱者を助け、助けを求める女性たちを救うため、具足一領を身によろい、ドン・キホーテは愛馬ロシナンテにまたがって、村を出発する。
当時、すでに遍歴の騎士は絶滅しており、遍歴の騎士という言葉さえ死語になっていた。日本で言うと、大正時代にちょんまげで兜を身につけ、太刀を腰にさげて
「武士でござる!」
と言っているイメージであろうか。つまり、誰が見てもひと目でコイツおかしい!と動揺する姿のドン・キホーテだったが、本人は大満足だった。
しかし、彼は基本的に物語を参考にして出発したので、現実にはいろいろ足りない装備も多く、一度村に戻る。
彼の家族である姪や家政婦はなんとかこんな馬鹿げたことをやめさせようと近所のドン・キホーテの友人たちにも手伝ってもらって説得するが、本人の意志は固く、とうとう今度は従士のサンチョ・パンサを連れて旅に出る。ちなみにサンチョ・パンサは近所の農夫で、善良で気の良い人物だが、従士を承諾したところからもわかるとおりやや判断力に疑問が残る。
ドン・キホーテは冒険を求め、サンチョ・パンサは平穏さを求めたが、主人はドン・キホーテであるので、彼らは常に冒険の中にあった。ささいな出来事を大事件に発展させ、なんでもないものを悲劇に変えつつ一行は厳しい道を歩む。そんな中で、二人はさまざまな人に出会い、彼らのさまざまな“物語”に付き合う。
ドン・キホーテは、遍歴の騎士さえ絡まなければ聡明で博識な人物である。そして、どんなときも親切で優しく思いやりに満ちた人物であり、出会った人々は彼の姿や言動に度肝を抜かれつつも彼に興味を持ち、知り合いになれたことを喜んだ。
こうして、彼らの不思議な冒険はある悲劇によってまた村に戻るまで続いたのであった。


みたいな話。
物語と現実の区別がつかなくなるって、まさに現代のオタク…。いや、あの愛すべきドン・キホーテの誇りをその辺りに転がっているオタクと同列にしてはいけませんね。彼は唯一無二の存在ですから。
前編と後編ではちょっと雰囲気が変わります。前編の方が全力で気が狂ってるし、身体中すみずみまで主従揃って痛めつけられています。後編も気が狂ってるし痛いめにも合ってるけどややマシ。後編の方が周りの主従に対する扱いが優しいし、二人の賢さもさりげなく描かれていて平和。どっちも面白いけど、前編の次々に出てくるいろんな人物たちの身の上話がけっこう好きだったので、中身が濃いのは前編の方かな。
あと、前編が出たあとに偽の後編が出回ったそうなんですが、セルバンテス
「いや、別に気にしてないし」
みたいなことを後編の序文で強調しつつ、本編で偽の後編のことをボロクソに言っていたのもニヤニヤした。訳者の解説によると、すでに老齢で健康も悪化していたセルバンテスは遅々として進まない後編をダラダラ書いていたようですが、偽の後編が出回っていると知って怒涛の勢いで後編を仕上げたのだとか。後編を書いた翌年に亡くなっているので、贋作の作者のおかげで完結したともいえるけど、ドン・キホーテを作中で死なせたのは贋作が出ないようにするためだったと考えると、功罪相半ばするところだろうと訳者は述べています。
そう、ドン・キホーテは最後死んでしまうんですよねー。
うーん。私はラストがイマイチ気に入らなかったなー。確かに悲しいけど、死ぬことはいいんです。死に方というか、最後にドン・キホーテが正気に戻って遍歴の騎士を否定して死ぬのがちょっとガッカリ。キリスト教徒として、正しく死ぬっていうのがドン・キホーテへの作者の愛情なのかなぁ。それとも、もともと作者は騎士道物語に否定的で、否定するためにドン・キホーテにいろんな冒険をさせたんだろうか。
でも、この一週間ずーっと遍歴の騎士のおかしな言動に付き合ってきて、ラストで
あれ、間違いだったわ。スマンスマン。
って死なれたこっちの身にもなってよ。超大作だったよ。めっちゃ時間かかったよ。どの冒険も楽しかったし、ドン・キホーテもサンチョも好きだったのにのに、あれは間違いだったって言われるとなんか力が抜ける。
そんなわけで、ある意味衝撃のラストでしたが、面白かったです。
聞いたことあるけど読んでないっていう方は、一度チャレンジされてはいかがでしょうか。