ジャンヌ・ダルクまたはロメ

高柴です


佐藤賢一さんの短編集「ジャンヌ・ダルクまたはロメ」を読みました。

ジャンヌ・ダルクまたはロメ (講談社文庫)

ジャンヌ・ダルクまたはロメ (講談社文庫)

佐藤賢一さんの作品は好きですが、ジャンヌ・ダルクが苦手なので、タイトルを見てずっと素通りしていた作品。短編集と知ってやっと手に取りました。佐藤さんは長編のイメージだったので、まさか短編集だとは思わず、読まずに損をするところでした。とても面白かったです。


表題の「ジャンヌ・ダルクまたはロメ」というのは、ジャンヌ・ダルクの名前。父方の姓がダルク、母方の姓がロメ。彼女の生まれた土地には娘は母方の姓を名乗る習慣があったそうです。しかし余所の土地の父方の姓を名乗る習慣を考え、その土地では余所の人間には「名前、父方の姓または母方の姓」という名乗り方を採用していたとか。面白いですね。
話も面白かったです。
あらすじは
シャルル7世の宮廷でもっとも権力を持っていた事実上の宰相、ジョルジュ・ドゥ・ラ・トレムイユは、突然現れたジャンヌ・ダルクを警戒する。彼の疑いは、彼女が本当に神の使いかどうかなどではない。
ジャンヌ・ダルクは何者か?
という疑いである。
ジョルジュは、ジャンヌ・ダルクは政敵が権力を握るために送り込んできた「作られた女救世主」であると推理する。
では、誰が彼女を送り込んできたのか?ジョルジュは部下をジャンヌ・ダルクの故郷へ派遣し、情報を集めさせる。部下の報告から、次々と仮説をたてていくジョルジュ。
そんななか、ジャンヌ・ダルクがイギリス側の捕虜となる。
そしてジョルジュはやっと「真相」にたどりつく。結局ジョルジュの立場を奪うことができなかった政敵に「勝った」と心の中で快哉を叫びつつも、ジャンヌをあっさり見殺しにするシャルル7世を目の当たりにしてジョルジュの心は冷えるのだった。


みたいな話。
ジャンヌ・ダルクが主役ではないので、私としては読みやすかったです。ジョルジュの推理が見事で、ミステリを読んでいる気分でした。佐藤賢一氏だからこそ書けた話ではないかと思います。読み応えのあるストーリーでした。


でも、一番面白かったのは「エッセ・エス」です。
ストーリーは、
のちのカスティーリャイサベル1世がまだ立場の弱い王女であったころのこと。王女に仕えていた騎士グティエレス・デ・カルデナスは、王女の命で王女の婚約者アラゴン王太子フェルナンドを迎えにいくことになる。
その裏には、カスティーリャに渦巻くさまざまな政治的な思惑があったのだが、なにより、そこにはイサベル王女の秘めた想いがあった。
カスティーリャの誇り高き騎士カルデナスは、命をかけて王太子と彼が率いるアラゴン軍を連れ帰るつもりだった。しかしアラゴンに到着した彼が目の当たりにしたのは弱体化したアラゴン王家と才気煥発だが軽薄な王太子
王太子は体面を重んじるカスティーリャの騎士とは違い、実利を重んじる冷静な実際家だった。王太子が次々と提示する作戦は見栄っ張りのカスティーリャ人には到底首肯できかねるものだったが、すべて王太子に強引に押し切られる。何度も対立する中で少しずつ王太子の器の大きさを理解するカルデナス。
そして王太子、のちにイサベルとともにスペインを統一する名君フェルナンド王は、見事イサベル王女と彼女の臣下たちの期待に応えてみせるのだった。


みたいな話。
これは本当に面白かった。笑えてワクワクして最後はジーンときました。
題の「エッセ・エス」が秀逸。この意味がわかったとき、私ちょっと泣きそうになりました。感動して。
イサベル王女が、王女であると同時に「女の子」だったというオチがよかったです。
隣同士なのに考え方が全然違うカスティーリャ人とアラゴン人が笑えました。日本でもたとえば関東と関西では価値観が違ってたりしますもんね。


あとは、「ヴェロッキオ親方」も好きです。10ページもないくらいの短いストーリーなんですが、ひとつのエピソードを丁寧に描いているので満足感がありました。
わりと有名なエピソードなので、最後のオチにすぐ気付く方も多いと思いますが、わかっていてもラスト一行には感動するでしょう。


あとはまぁ普通かな。「技師」も、ストーリーとしては面白かったですが、主人公が…下品すぎる。
佐藤賢一さんの作品によく出てくる「下品さ」が苦手です。なんか、ダメな下品さなんですよね。カラッとした下品さは好きなんですが、ネチネチした下品さは苦手です。「ガハハ」は好きだけど「げへへ」はダメというこの微妙な女心。(なんでも女心と言っておけば誤魔化せると思っています)
そんな感じで、主人公の下品さは嫌でしたが「軍事技師」というテーマは興味深かったです。


佐藤賢一氏のヨーロッパの歴史に対する深い理解と教養、テーマとして選ばれたエピソードの多様さ、ストーリー展開の見事さ。まさに鮮やかな短編集だったと思います。
ヨーロッパの歴史に興味のある方にはもちろん、興味のない方にもオススメできる作品です。



高柴