月と六ペンス

高柴です


久しぶりに圧倒される本を読みました。サマセット・モームの「月と六ペンス」です。

月と六ペンス (新潮文庫)

月と六ペンス (新潮文庫)

最初の10ページはコレどうしよ…っていうくらい退屈なんですが、それ以降の面白さはどう表現すればいいのかわかりません。強引に無理やり話に引きずり込まれてしまって、現実に戻ることができなくなったのは久しぶりです。普通、本というのはキリの良いところでやめたり時間を見てやめたりできるものですが、たまにどうしようもなく憑かれたようにひたすら読み進めずにはいられない本に出会うことがあります。私にとって「月と六ペンス」はそんな作品でした。
この話は、「私」がたまたま知り合ったある天才画家の破滅的な半生を自身の思い出と画家の知り合いたちから聞いた話を通して描くことによって、画家が目指したもの、彼の本質に迫るというストーリー。
ちなみにこの画家のモデルはゴーギャン。作中何度も下手くそ呼ばわりされていたのはちょっと気の毒だったかな。



私は、最近やたら流行っている「人がだんだん狂気に侵されていく」みたいな話が大っっっ嫌いです。暗いし救いがないし理解できないから嫌いなのですが、この話を読んで、私が本当に嫌悪しているのは、そこらへんにゴロゴロしているそういう作品の「狂気」の薄っぺらさなのかもしれないと思いました。
この作品の画家の「狂気」の凄まじさと迫力は、「暗い話なんてキラーイ。物語はハッピーエンドじゃなくっちゃ☆」とか言ってる私の首根っこをガッチリ掴んで「つべこべ言わずに行ってこい」と、有無を言わさず画家の狂気の中に放り込む勢いがありました。天才画家の狂気ではなく、その本質を謎を知りたいという純粋な作者の願いが、逆にぞっとする天才画家の魅力に読者を引きずり込んでいるような気がします。


恥ずかしながら私は芸術に対する理解と教養に乏しく、特に絵画は本当によくわかりません。たまたま幸運にも素晴らしい美術館を何度か訪れる機会があったのですが、残念なことに「おお…」くらいの感想しかいつも持てませんでした。圧倒はされてもその凄さが理解できないというのは、悔しいことです。ちなみにゴーギャンの絵も何度か見ましたが「ふーん…。ってアレ?これゴーギャン?すごいなぁ」というトホホレベルの理解度。絵ではなくゴーギャンという名前の方に感動するありさまでしたが、この本を読んで今度はもう少し違う感想を持てるかもしれないと思いました。

まぁいまさら私がくどくど賞賛する必要などない名作ですが、読みそびれている方にオススメします。


高柴